「はたらくデザイン」をめぐる対話
11外を見るか、中を見るか。それぞれのはたらくデザイン視点。
2018年においかぜ代表の柴田が立ち上げた「はたらくデザイン事業部」。
「はたらくデザイン」とは、働き方をより良くするための仕組みづくりや、新しいチャレンジができる環境づくりを通して、新たな「はたらく」をつくること。この考え方は、おいかぜの理念「だれかのおいかぜになる」とも通じ、全事業部の根底に流れるものでもあります。
本連載は、おいかぜ代表・柴田が、京都に縁のある経営者と「『はたらく』をデザインすること」について語り合う対談コンテンツです。最終回のお相手は、おいかぜのクリエイティブディレクション経験もある、株式会社サノワタルデザイン事務所のサノワタルさん。今回は「デザイン」をテーマに、それぞれの「はたらくデザイン」について語り合いました。
でデザインする。
サノワタル
1977年大阪生まれ、京都市在住。株式会社サノワタルデザイン事務所 代表取締役。クリエイティブディレクター、グラフィックデザイナー。東京・大阪・京都の制作プロダクションを経て、2013年に大学時代を過ごした京都にてカフェ機能を追加したデザイン事務所を設立。2017年にグラフィックデザインを軸に、ブランディングデザイン・内装デザイン・ウェブデザイン・パッケージデザインなどの様々な領域のデザインや企画を手掛ける「株式会社サノワタルデザイン事務所」を設立。
CHAPTER01
「はたらくデザイン」のきっかけとなった人
柴田サノさんと初めて出会ったのは2012年ごろでしょうか。サノさんが「いろいろトーク」という12ヶ月連続トークイベントをされていて、僕はそこに通っていたんです。ゲストが錚々たるメンバーで。
サノ僕がまだ前職に勤めていた頃ですね。全国から著名な方をお呼びするトークイベントで、柴田さんみたいに毎回来てくださる方も多かったです。
柴田当時の京都ではそんなイベントはあまり見かけなかったので、すごいことやってる人がいるなぁと思っていました。それでサノさんに興味を持って話しかけたんですよ。
サノ確か打ち上げで隣になったんですよね。でも僕はまだ独立してなかったから、仕事の話っていうより、まずは同世代の知人として仲良くなった感じでした。
柴田その後、サノさんがデザイナーとして独立されて、「iroiro」っていうお店をオープンされて。僕もよく出入りして、そのあたりから一緒に仕事をするようになりました。一番ご一緒した時期は、うちが10周年を迎えてからの5年間かな。
サノそのタイミングで、おいかぜのクリエイティブディレクターとして関わらせてもらいました。
柴田おいかぜでプロダクション事業部を作る時ですね。それ以降サノさんには、「OF PLANTS」や「ワワワ」といったおいかぜの自社プロジェクトも伴走していただきました。
おいかぜの自社プロジェクト「こどものためのでざいんぷろじぇくと ワワワ」。サノさんにはクリエイティブディレクターとして携わっていただいた。
柴田これまで毎月、いろんな経営者の方に「はたらくデザイン」についてお話をうかがってきたんですけど、実はこの「はたらくデザイン」という言葉を思いついたのって、サノさんがきっかけなんです。
サノさんにクリエイティブのディレクションをお願いした時というのは、おいかぜが新しいことにチャレンジしようとしている時だったんですよね。その中でサノさんによく「これ、誰がどういうふうにやるんですか?」って聞かれていました。それで僕は「会社で新しいことをするには『既存事業で忙しいから新しいことはできないです』って言われない状態を作っていかないといけないんだな」と学んだんです。要は、いい会社じゃないと新しいことにチャレンジできないんだなと。
その時「新規事業と既存事業の境界線を行ったり来たりすることが、『はたらく』をデザインすることなんじゃないか」という仮説が生まれ、のちに事業部になっていったんです。
サノいい話ですね。
柴田この対談は昨年の5月から毎月行っていたんですけど、サノさんで最終回なんですよ。「はたらくデザイン」を思い付かせてくれたサノさんとの対談で締めたいなと。
サノおお、そうなんですか。
柴田これまで各経営者さんに様々な切り口から「はたらくデザイン」を語っていただいたんですけど、サノさんにはまさに「デザイン」という切り口からお話をうかがえたらと思います。
サノはい、よろしくお願いします。
CHAPTER02
「会社はこうあるべき」というイメージの積み重ね
サノでも僕、柴田さんと密にご一緒していた時から比べて結構変わったと思いますよ。
柴田え、それはどういう点で?
サノすごく簡単に言うと、前は経営において論理的に考えていたんですけど、最近はめちゃめちゃ感覚でやってるんです。逆に、デザインは論理的になってるかも。
柴田そうなんですか。
サノ今サノワタルデザイン事務所は、社員が3名でアルバイトが1名なんですけど、僕は一生プレイヤーでい続けるつもりなので、この規模以上大きくする気はないんです。でもやっぱり1人でやってるときより経営のソースは増えてくるから、デザインと経営のバランスが自分の中でうまく取れなくなってきた時期があって。その結果、経営は感覚、デザインは論理に落ち着きました。
柴田それが一番落としどころがいいんですか。
サノそうですね。例えば僕は数字を細かく見ていないんですが、今3年連続で原価率が一緒なんですよ。何も計算してないのに小数点第一位まで一緒だったこともあって、税理士さんにめっちゃ褒められました(笑)。
柴田それはすごい。経験ですかね?
サノなんやろ、肌感ですかね。前だったらできてなかったと思います。
柴田逆にデザインは論理的になっていってる?
サノと思いますね。結局デザインの仕事って、突き詰めていくと「言語をビジュアルにする仕事」じゃないですか。となると、論理的にならざるを得ない。ここでなぜ赤を使うのか、なぜこの形なのか、全部言葉で説明できるんです。たとえ「自由に作ってください」って言われても、自分の作りたいものを作るんじゃなくて、ヒアリングして言語化したものをビジュアルに変えていくのは変わらない。だからやっぱり論理的ですよね。
柴田それって「経営は主観で、デザインは客観」って言い換えることもできますかね。
サノうん、でも主観はちょっと違うかな……僕にとっての会社って、自分とは別の法人格なので。僕が舵取りをしてはいるもののみんなが働く場所だから、純粋な主観ではないかな。「会社はこうあるべき」っていうものに向けて頑張る感じだと思います。
柴田それはロジックじゃないんですね。
サノ「約束事の連続」ですね。例えば自分が勤めていたときに嫌だったことをしないとか、欲しかったものを渡すとか。そういう「会社はこうあるべき」っていう自分の中の一つ一つのイメージを積み重ねている感じ。そしたら自分なりの会社像ができてきて、いろんなルールもできてくる、みたいなイメージですかね。
柴田なるほど。
サノ中でも一番大事にしているのは、やっぱりどれだけみんなに給料をあげられるかです。もうこれに尽きる。うちは毎年、社員に「今期はこれだけ利益が出ました」「会社にこれだけお金残します」っていう情報を共有して、残りはほぼ渡してるんです。だからなかなか大きな金額がいくんですよ。そのスタンスは今後も変えないと思いますね。
CHAPTER03
中の人よりも中のことを考えている
柴田今「デザインは論理的」という話が出ましたが、サノさんと仕事をする中で学んだのは、まさにそのことだったんですよね。サノさんってアイディアに溢れていたり独創的なものを打ち出しているように見えるんだけど、当たり前のことをきちんと積み上げているだけなんやなって。お客さんが求めるものを一つ一つ打ち返すことでデザインができていく。その作業を横で見て、「なるほど、そういうふうにしてるんやな」って学んでました。
サノまあ、真面目なんですよね。例えばマーケティング用語でいろいろ説明されても響かないじゃないですか。僕が一番かっこいいと思うのは、横文字で難しい言葉を使わずにちゃんと対話して、そこから答えを導き出すことなんです。なので、どこで誰と会ってもおんなじです。ヒアリングして、問題点を見つけて、「こうした方がいい」っていうことをする。すると仕事が繋がっていく。そういう型なんでしょうね。
柴田僕がご一緒した時もまさにそんな感じで、常に「柴田さんはどうしたいんですか」「どう思っているんですか」ってところから始まっていました。それに対して、サノさんが「自分はこう思う」っていうのを返してくれる。サノさん自身はブレないから、こっちは自分がブレているかどうかがわかるんですよ。だからすごく特殊なポジションですよね。外の人なんだけど、完全に外じゃない状態っていうか。
サノ僕が生き残れているのはそこですね。中の人よりも中のこと考えてるから。今、コンサル的な関わり方をしている会社さんが7社くらいあって、定期的に対話をして、一緒に考えながらより良くしていくっていうのをやっているんですけど、なんならこっちがジャッジを出すくらいの関係性になっているところもあります。そういう案件は増えてきましたね。
柴田サノさんはおいかぜでも、中と外を行ったり来たりしてくれていました。中の人も外の人も言ってくれないことを、隣で言ってくれる。その姿を見て「はたらくデザイン」を思いついたんだよなって、改めて今思いました。
CHAPTER04
中と外、どっちを見てる?
柴田サノさんは、自分の会社の「中と外」についてはどう意識しているんですか。経営者って新しいことをするときに、中を置き去りにして外のことだけを意識しがちだけど、サノさんはどうしているのかなと。
サノそれで言うと、僕は中ばかり見てますね。外はあんまり見ないです。新しい事業をしようという気持ちもないし。うちの目標はずっと、「デザイン事務所として5人で1億稼ぐ」ってことなんですよ。そうしたらみんなに結構な金額渡せると思うから。それを実現するために外に出ることはあるけど、それはやっぱり中を見てることになるんですよね。
柴田一貫してますね。今思い出したけど、サノさんに以前「中を見ろ」って言われたことがあります。僕は周りからは「中を見ている人」って思われがちなんだけど、実はいつも外を見ているから、「中と外」つまり「既存事業と新規事業」の境界線を意識しているのかもなぁ。だから、それを行ったり来たりするのが「はたらくデザイン」だと言っているのかもしれない。
サノうん、柴田さんは中より外を見がちですよね。ちゃんと毎日出勤してます?
柴田毎日は行ってないっすね。
サノそれはだめですね。
柴田だめですか(笑)。
サノ僕は毎日来てます。営業とかプランナーとかなら出っぱなしでいいと思うけど、僕はデザイナーだから、外でもらってきたものを中で作らないといけないんです。中が本拠地なんですよね。
柴田サノさんはずっと手を動かす人ですよね。確かにそう考えると、僕がサノさんにお手伝いし始めてもらった時は、自分で手を動かさなくなってきた時期かもしれない。僕は今はもう営業ですからね。
サノでも僕だって、30人も40人もスタッフがいたらこのやり方はできへんと思います。そもそも僕はそうするつもりがないから、5人以上にしないって決めてるわけでね。いろんな経営の仕方があるし、柴田さんのやり方で会社が大きくなっているのは一つの成功やと思います。
めっちゃ簡単に言うと、柴田さんは外から刺激を持って帰ってきて、はたらくデザイン事業部にぶち込んでいるんじゃないですか。それって会社としてはすごい活性化するし、新陳代謝もいいんだと思いますよ。
柴田確かに。今話していて、経営者一人ひとりにも職業があるよなと再確認しました。サノさんは経営者である前にデザイナーだし、僕は営業だし。
サノ経営者って、あまりすることないですからね。でも、何もしないやつなんて会社にいらんと僕は思うんですよ。ひとり社員が休んだら、その分社長が現場に出て埋めるのが良い形だと思ってる。じゃないと、デザイナーになりたいと思って頑張ってきた自分に嘘つくことになるんで。僕は経営者になりたかったわけじゃないから。
柴田本当に一貫してデザイナーなんですね。
CHAPTER05
サノワタルデザイン事務所における正解
柴田サノさんって、スタッフの育成についてはどんなことされているんですか。
サノ特別なことはしてないですね。もちろんチェックはするけど、それくらいかな。もともと何かを持っている人を選んでいるって感じだと思います。
例えば一番長くいてくれている長村なんかは、今では下の子のディレクションもしているし、案件まるごと任せられるようになりました。彼女のすごいところは、サノワタルっぽいデザインもできるし、彼女らしいデザインもできるところですね。うちのサイトのワークスでは、デザイナーの名前をすべて書いているんですけど、僕の名前が入ってないのも結構あります。
柴田サノワタルデザイン事務所の一番の価値って、サノさんのやり方だと思うんですけど、それをみんなができるっていうのは大きいですよね。特に長村さんって、サノさんの打ち合わせの時ずっと横にいるじゃないすか。そこでノウハウ的なことを吸収してるのかな。
サノどうやろ。ちょっと長村呼びますか。
柴田え、いいんですか(笑)。よろしくお願いします。
長村よろしくお願いします。サノの悪口言っちゃうかもしれないですが(笑)。
柴田サノワタルデザイン事務所の皆さんは、どんなふうにデザイナーとしての力を身につけていらっしゃるのかうかがっていたんです。ぜひ長村さん目線からお話うかがえたら。
長村うーん。やっぱりうちは「サノワタルデザイン事務所」っていう名前なので、お客さんが求めているものも「サノワタル」が作ったものだと思うんですよね。もちろん各々のスタッフが力を出さないといけないとは思うけど、誰が作ったとかお客さんには関係なくて、サノワタルデザイン事務所が作ったものが求められてる。だからある意味、デザインにおける正解が見えているんだと思います。そこに自分を当てはめていくことで、みんな成長していっているのかなぁと。
柴田おもしろいですね。サノワタルデザイン事務所としての正解は、サノワタルのデザインにあるのか。会社として目指すべき姿が、すでに社名にあるわけですね。
サノでもね、一個すごく誇れることがあって。長村は2年前から母校に先生としてデザインを教えに行っているんですよ。それってもう、サノワタルデザイン事務所とか関係ないじゃないですか。それをうちのスタッフができたっていうのは誇りですね。
柴田サノワタルデザイン事務所っていう法人格を飛び越えて、長村さんが個として感じさせるものがあるってことなんでしょうね。
長村自分ではあんまりよくわかってないですけど(笑)。
柴田お客さんがサノワタルデザイン事務所に求めていることって、長村さんはなんだと思いますか?
長村うちのいいところって、「うちはこう行きたいから、絶対こう行く」って決めてないところだと思うんですよ。サノワタルデザイン事務所としてのゴールが見えていたとしても、お客さんの意見を取り入れながら進んでいく。だからうちのデザインが、お客さんの持つイメージと重なることが多いんじゃないかな、と。うちはおしゃれなものを作りたいから作るのではなく、お客さんに合わせたものを作りますから。
柴田今のお話はまさに「中を見る」っていう話と繋がりますね。
サノうん、自分たちの作りたいものを作るわけじゃないですからね。長村には僕ができない言語化をしてもらいました。ありがとう。
CHAPTER06
近所の人が頻繁に来てくれれば勝ち
柴田最後にサノさんに聞きたいのは、京都で働くことについてどう思われているのかなってことなんです。以前サノさんがSNSで「地域活性化といって様々なイベントを仕掛けるより、毎日仕入れを地域でおこない、しっかりその場所にお金を落とす方が地域活性につながる」と書かれていたのをよく覚えているんですが、それはまさに「中を見る」という話とも繋がるのかな、と。
サノめっちゃ簡単に言うと、筋を通したいだけなんですよね。飲食店をデザインしたら通うし、お酒をデザインしたらみんなに渡すし、和菓子をデザインしたらお年賀に持っていくし。すごくストレートなんです。
例えば自分がデザインで関わった商品の売り上げ目標が100万で、デザイン費用が50万だとしましょう。プラス50万で自分で100万円分商品を買えば、もうそれは勝ちなんですよね。僕は、デザインしたら返したいんですよ。
柴田ああ、それはうちの手伝いの時も言ってくれていましたね。「柴田さんが払ってくれた分以上の仕事を取ってくるから」って。
サノどんなことでも、そうやって筋を通すことが大事やと思う。お店もそうじゃないですか。周りの人と仲良くしないといい店なんてできへんし。そのために中を見てサービスの向上をして、周りへのケアをする。半径数十メートル圏内の人が頻繁に来てくれればこっちの勝ちなんです。遠くの人が来ようが来まいが関係ないですよ。
柴田確かに。
サノ京都の商品をデザインするときも同じ感覚なんです。もちろん自分なりの京都分析もあるんですけど、例えば和菓子やお酒をデザインするときには「今の京都」を表したいと思う。今の京都で売れそうなものを考えて作っているんですよね。
柴田まずは「中の人」に受け入れられるかどうか。
サノそれは絶対に大事ですね。京都どうこう関係なく。
柴田サノさんは今、「京都代表」みたいなポジションの捉え方をされていると思うんですけど。
サノありがたいことに。歳とってきたからですかね。全部このテンションで返して、のらりくらりとかわしていますけどね(笑)。
でも、京都で一番のグラフィックデザイン事務所には絶対になろうと思ってます。それは自分で決めることではないですが。東京ではデザイナーの名前をつけた事務所がいっぱいあるじゃないですか。佐藤卓さんとか、仲條正義さんとか。ああいうオールドスタイルのデザイン事務所が京都にはない。それを作りたいなとは思いますね。
柴田そういえば、社名つけるときおっしゃってましたね。オールドスタイルな名前をあえて付けるって。
サノとは言え最近、社名は変えようと思っているんですけどね。みんなの会社やし。ちょっと今迷ってるところなんですが。
柴田いやぁ、今日は改めてサノさんと話して、たくさん気づきをもらいました。いつもそうなんですけど、サノさんは言葉をその通り受け取るだけじゃなく、サノさんらしい意図や考えが返って来るのがおもしろいです。今回は特に「内と外」の構図を自覚したのが大きな発見でした。最終回にふさわしい対談だったなと思います。
サノ僕も、自分の言っていることがずっと変わってないことを確認できたのはよかったですね。あとまた近いうちに飲みに行って、柴田さんがどう変化してるか見てみたいです。
柴田はい、ぜひ!楽しみにしています。
MEMO
対談の最終回のゲストは「はたらくデザイン」のきっかけになったサノワタルさん。友人としても経営者としても長年のお付き合いがあるお二人。対比的なところが多く、「はたらくデザイン」についての思考が深まっていく様子がとても興味深かったです。
取材中には、サノワタルデザイン事務所の看板犬・コンチョも登場! 飼い主の長村さんのInstagramでずっと見ていたので、本物に出会えて感激です。かわいくて人懐こいコンチョに癒された時間でした。
- 取材・文
- 土門蘭